2008年6月1日日曜日

かみなり

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10泊11日
十一日目415km total 2,891km

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"今日は保ちそうですよ"そんなマスターの台詞をボーっと聞いていた。
"モツ?ナニが?"俺には何を言っているのか全く理解できていなかった。
"明日は雨になるようですよ"マスターは繰り返す。
" 雨?"聞き返す。
雨が降るなんて思いも依らなかった。今日はそんな雲ひとつ無い良い天気であった。

山間を縫うワインディング、空は高く抜け、吹き抜ける風は山特有の匂いと静けさを運んでくる。そこには見通しの良い高速コーナーの連続しか存在しなかった。気持ちが昂ぶる。ついついオーバーペースになりラインがはらんだ。
"おっと、危ない"、フロントを軽く当て逆ハンを切る。更に深く寝かせ、よりタイトなラインへと強引に換えていった。ステップが軽くはじかれる。右足に路面の感触が伝わった。
(RC)30なら突っ込んでいるところだった。FSの扱い安さは異常、適当に走っていても何とかなってしまう。初めこそ、そのオーバーステア気味に切れ込むハンドリングが嫌いだった。サスもプアで路面を追従しない。スロットルを戻すだけでリアがロックする。雑にスロットルを開けるとフロントが暴れる。そして全然効かないブレーキ。なんて乗りにくいバイクなんだろう、最初はそう思っていた。
ステダンを入れ、キャリパーとサススプリングを交換しないと怖いな、とその時は考えていた。それから数万キロ一緒に旅を続けている。最早これも扱いも慣れたものだ。センター乗りのリーンウィズ。早めのブレーキングからスパッと寝かせてアクセルオン。その倒し込みはツインらしく軽く速い。後ろから見ると転けよった、と思うそうだ。バンクが決まれば後は暴れるフロントを押さえ込む(段減りしているだけだが)。突っ込みよりも立ち上がりの鋭さを楽しむ。大型のクセに上りよりも下りの方が速いという変わった乗り味。上りでは加速と共にフロント加重が抜けて曲がらないからだ。今ではそんなクセ、全てが楽しめるようになっている。
レースではないからこれで十分。結局はもっと効きの良いブレーキパッドに交換しただけに留まっている。

三重県に差し掛かる頃には、頭上に懸かる黒々とした雨雲が鈴鹿山脈まで大きくその手を広げようとしていた。何処からか雷鳴が轟く。雨粒がポツリポツリとシールドに跡を刻み込む。多度神社に向かおうと思っていたのだが残念ながら早めに峠を越えた方が良さそうだった。

峠へと向かう道、何台かの車をパスしながら雨雲に追いつかれないように先を急いだ。そしていよいよ現れる傷だらけの二つの巨大なコンクリート塊。話には聞いた事のある"2t車以上通行止"を強制的に施行する重圧物。その隙間はわずか2mしかない。この間を通るからにはこの先でどの様な目に遭うか覚悟は出来ているのであろうな、そんな事を無言で伝える威圧感がある。
始めはやや広いコンクリート舗装が続く。営業用の白いバン、ガンメタのセダンを追い越し、いよいよ極狭路へと差し掛かった。完全一車線、否、0.8車線程であろうか。こんな処で車と出会ってしまっては最悪だ。バイクであっても擦れ違う事など出来ない。スピード落としての数分間、間もなく同じくコンクリート塊二つのゴールを抜けた。抜けると同時に車と擦れ違う。正に今上ってきたばかりの道を下っていった。
どっと疲れと安堵感が押し寄せる。コンクリート舗装、ブラインドカーブ、極狭路、僅か数百メートルの距離が数百キロ以上の疲労をもたらしていた。
峠を越え、やっと空へと視線を送る余裕が出来る。見上げると、頭上には薄く雲が拡がるだけ。何とか雨雲も撒いたようだった。とはいえあまりノンビリとしている余裕もない。急いで山を下っていく。

滋賀へ下れば大丈夫だろうという考えは甘かった。峠を下りへ始めて直ぐに又雨の洗礼を受ける。雨脚が激しくなる度に木立の茂みを探し立ち止まる。そんな調子で何度かの雨宿りを繰り返す。永源寺に降りてくる頃には漸く空も明るさを取り戻してきていた。夕焼けに雲はほんのりと色付き始め、夕立ももうそろそろ収まったであろうと再び家路を急ぐ。遙か北に目を遣ると未だに黒々とした雷雲が拡がり、どこからともなく雷鳴が響いてきた。しかし、あれほど激しく降った雨もここの路面を濡らしてはいない。かなり局地的なスコールが所々で繰り返されてたのだろうか。そして雨雲に偶々出会う度に通り過ぎるのをただじっと待つ。そんな事に時は無為に消費されていく。進む時間よりも留まる事に費やす時間の方が遙かに長かった。
雨上がりの中、車の流れに乗り、そのまま西へと向かう。まぁ、今からでも太郎坊宮くらいなら寄っていけるかな、と甘い考えが浮かんでいた。やがて、そんな思いを打ち消すように黒々とざわめき立つ路面が現れる。そこから先の景色がボンヤリと霞む。スコールのカーテンだった。思わずUターンをしようか、という衝動に駆られるが、反対車線に途切れはない。そしてそのままその中へと突っ込んでしまった。激しくシールドを打ちつける雨粒。堪らず道路脇にある廃屋の軒下へと滑り込んだ。

車の流をただ眺めながら空を見つめる。普段は車で動きたいなど思いやしないのだが、この時ばかりは羨ましく思う。バイクでも合羽を着れば良いのではないか、と思うのが普通であろうが、残念ながらそれはターポリンの奥深くに眠っている。雨など降るとは微塵にも思ってはいなかったからだ。今更この雨の中荷物を下ろし、バックを引っ繰り返してまでそれを着ようとは思いもしなかった。
半時ほど時間を潰す。既に日も暮れ、道行く車はヘッドライトを灯し始めていた。未だ雨は降り止まない。だが、いつまでもここに留まるわけにも行かなかった。少しは小降りになった頃合いを見計らい、安楽の地を飛び出す。雨はマシになっているとはいえ、状況は更に悪化していた。対向車のライトがシールドを濡らす水滴に乱反射し、視界は無いに等しかった。前を行く車のテールランプを見失っては道筋を辿ることすら危うい。今となってはその赤い道標を機械的にトレースすることしか出来なかった。

(国道)八号線に合流すると雨脚はより一層激しさを増していった。その一粒一粒が身を凍えさせ、心を疲れさせていく。まだ夏も盛りだというのに真冬のように凍えていた。
前方の雲間に青白い閃光が走る。一、二、三と数を数えて距離を測る。さほど近くは無いようだ。山科辺りといったところか。雷雲が立ち去るのを待つのが得策だろう、そう思い道の駅で休息を取ることにした。

濡れた身体をタオルで拭い、僅かでも暖を取るためにホットコーヒーを啜る。震える手から、伝う喉元から温もりが拡がっていく。見上げれば暗黒の夜空には幾筋ものかみなりが渡り歩く。その全てがこれから向かう先から轟いているかと思うとより一層疲労感は増していった。

雷を遠目に迂回しながらジワリジワリと目的地へと近づいていく。その夜見た雷光の数は百を遙かに超え、100㎞にも満たない距離は八時間以上もの時間を費やさせた。そして長い旅は漸く終わりを告げた。


田峰観音(谷高山高勝寺)(ダミネカンノン(ヤタカサンコウショウジ))
所在地:愛知県北設楽郡設楽町田峰鍛治沢14 仏閣マップ
電話:0536-64-5028
本尊:十一面観世音菩薩
宗派:曹洞宗
創建:1470
札所:奥三河七観音4番
三河三観音

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