リスペクト-自生山那谷寺-霊と共に-霊峰月山-三度目の立ちゴケ
10泊11日
九日目536km
道の駅たじま-R121-R119-R120(いろは坂、金精道路)-r267-赤城道路-赤城神社-r4-r34-r120-r26-r15-水澤観音-大澤屋-r15-r33-榛名神社-r33-R18-おぎのや-R18-r9-R141-r120-r93-新海神社-竜岡城跡-r93-R141-R20-甲斐善光寺-R358-上久の湯-R358-R139-r72-天神橋-r72-r180-チャンティック-r180-富士山スカイライン-新五合目
さて今日は、今回唯一のワインディング巡り、と言っても過言ではない一日である。いろは坂から男体山の裾野を抜け、赤城山、榛名山と巡り、碓氷峠から富士山スカイラインを目指す。トータルで何キロになるのかは判らないが、"カン"によると少し余力を残すくらいの距離であろう。
早朝の鬼怒川沿いを日光に向けて下りる。寝ぼけた身体をバイクに馴染ませるには丁度良い道だ。度々現れる農作業へと向かう軽トラをパスしていく。早朝特有の清んだ空気と、樹の香りを浴びながら。
未だ陽は山間から姿を現さない。そんな時間が一番気持ちいい。この時間に走りたいが為にキャンプを続けているのかも知れない。
予定が狂った事による早朝のいろは坂。この道は登り2車線、下り2車線の完全分離された一方通行道路である。そう聞くと、サーキットのように走れるのか?と思いがちではあるが、要所要所の減速帯、車線を分離するキャッツアイにより、そううまくはいかない。一車線一方通行である雲仙の"仁田峠循環道路"や"五台山"の方が気持ちよく走ることが出来る。
しかし、ペースをそれ程上げられないとはいえ、非常に気持ち良い道である。"いろは坂"その名前の由来となる48のカーブ。それぞれに”いろはにほへと”と順に名前が振られている。そのコーナー毎の看板を数えながら駆け上がっていこう、と決めてた。"い"、次は"は"、そして"ほ"?。低い位置の陽の光が、コーナーを曲がり、また次のコーナーへと差し掛かるとき、一つ置きに激しく目を射る。まともに数え上げていくことが出来ない。ペースを落とし、その彼方へと目を遣る。姿を現した太陽が、男体山から裾野へ向けて、その景色を染め上げていく。その光を浴びながら走る内に、何時しか数えることは諦めてしまっていた。
急激に高度を上げ、男体山が迫り来る。その姿が大きくなると、彼の独特な深く刻まれた崩落痕が姿を現す。その威容をを眺めると何時も、"アブドーラ・ザ・ブッチャー"の額の傷跡を思い出す(同世代の人なら分かって貰えると思うが)。
さらに明智平を越え、中禅寺湖まで至ると途端に高原らしい風景を呈する。此処に至る風景の変化、道の楽しさは、中々他では味わえぬものがある。
中禅寺湖畔沿いの道を跨ぐように一の鳥居が姿を現す。晴天の青さが融け込む水面、そこに映えるその朱の鳥居は、神々しいまでに美しい。中宮祠を参拝したいのだが、まだ先は長い。今回のメインである富士山に辿り着けない、という事態だけはどうしても避けたかった。次回男体山登山と併せて訪れよう、そう思い、今は先を急ぐのであった。
日光二荒山神社中宮祠(にっこうふたらさんじんじゃちゅうぐうし)
住所:栃木県日光市中宮祠2484
電話:0288-55-0017
祭神:大己貴命(おおなむちのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)
神紋:三つ巴
旧社格:国幣中社
神階:正二位
下野国一宮、名神大社
【国重文】
本殿:(S19.09.05指定)三間社流造、切妻反り屋根、銅瓦、総弁柄塗り、江戸中期(元禄14)
拝殿:桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、反り屋根造、銅瓦葺、総弁柄塗り、間口15m、奥行き12m、江戸中期(元禄14)
中門:棟門、銅板葺、江戸中期
掖門及び透塀:棟門、猿頭付銅板葺、江戸中期
掖門及び透塀:周長三十四間、猿頭付銅板葺、江戸中期
鳥居:銅製明神鳥居、柱に寛政十一年己未九月の刻銘がある、江戸後期(寛政11)
鳥居:銅製明神鳥居、無銘、江戸後期(明和6)
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