2010年10月7日木曜日

一周年@ひととひと

予算¥1,160(生中キリン一番搾り¥0、千代田蔵¥440、大黒正宗 生酒原酒¥370、ささみとしろな みそ和え¥350)

偶然だぞ

以前にも、1周年記念で初めの1杯目が無料、と貼り出されていたのを見ていたはずなのですが、すっかり忘れておりました。
1周年記念キャンペーンは、今日で終わりです。

立呑処 ひととひと
住所:神戸市東灘区甲南町3-9-16 木村ビル1F 立呑マップ
電話:078-441-0667
営業時間:17:00~23:00
定休日:無休
cp6 mf6 re5
立呑処 ひととひと@甲南町
かす汁@ひととひと
焼肉パーリー@ひととひと

2010年10月5日火曜日

ジャンボ亭@魚住

予算¥400(からあげ定食¥400)

ここ明石が誇る"ジャンボ亭"は、"美味い"などと絶賛するような店ではないのですが、"不味い"と一言で切り捨ててしまう様な店でもないのも確かです。
なにより、ここの名物メニューである"からあげ定食"は、からあげに付け合わせ、どんぶり飯に漬物と味噌汁などなどと、一通り真っ当な定食の様相を呈して於いて、400円等という格安の値付けって云うのは素晴らしいのではないのでしょうか。
その揚げたての唐揚げは、もも肉使用で6コほど。添えられたしなびたキャベツには胡麻ドレッシングが掛けられ、その横には半月状のハムに、ケチャップ味のスパゲッティーが並びます。それにワカメと豆腐の味噌汁に沢庵が二切れとパサパサの美味くはないどんぶり飯が合わされば、何処に出しても恥ずかしくはない定食の出来上がりなのです。

ここで腹を満たし、"川木"さんにて酒を啜れば、併せても750円で食、酒、を満喫出来る素晴らしき町"魚住"を堪能出来るわけですよ。

ジャンボ亭
住所:兵庫県明石市魚住町西岡321-5 食堂マップ
電話:078-947-3567
営業時間:11:00~14:00 18:00~21:00
定休日:日曜
cp7 mf5 re5

2010年10月4日月曜日

川木酒店@魚住

予算¥350(サッポロ黒ラベル大瓶、白菜キムチ、イカナゴ釘煮)

常連さん達の邪魔をせぬよう、5人も並べば一杯になりそうな狭いカウンターを避け、ボクはひとり、アイランドに配置されたテーブルに着きました。
しかしこのテーブルがまた、ローキャビネットの上にCFを引いただけの簡易な造りでして、横に立とうが寄りかかろうが、何とも良い具合には高さが合わず、どうにもこうにも据わりが悪かったのです。かといって、ここでカウンターへと移るとなると、鴨川の土手に並ぶカップルの如く等間隔に並んだ三人さんが作り出した隙間のいずれかに滑り込まなければならないわけで、それはそれでより一層、居心地の悪いことになりそうなのでした。

ひとまず、キリン、アサヒ、サッポロの内からサッポロを選び、喉の渇きを潤していきます。
カウンターの上では、コトコトと優しげに湯気を上げながら肉豆腐が煮込まれておりました。それを貰おうかどうしようかと思案しておりますと、「よろしかったらどうぞ」と小皿が差し出されました。柔らかめに炊かれたイカナゴは、なんとも穏やかな味わいなのでした。

川木酒店
住所:兵庫県明石市魚住町西岡679-1 立呑マップ
電話:078-947-1000
営業時間:17:00~19:00
定休日:日曜
cp7 mf6 re5

2010年10月3日日曜日

喰い処 まつはま@小木

予算¥1,160(海鮮丼¥1,160)

フェリー出航まで2時間ほどありますので、入浴に食事、飲酒などを済ませておきます。

まずは"かもめ荘"で汗を流します。源泉かけ流し、サウナ、露天風呂が付いて390円。昨日浸かった"潟上温泉 さぎの湯"と同様に390円です。佐渡の温泉は、安いですね。

さっぱりとした後は、いよいよ食欲を満たす番です。
これでいよいよ佐渡ともお別れですので、最後はやはり海鮮で締めたいところです。
フェリー乗場の横には、いかにも観光客相手に食事を供していますと云った"小木家"なんてお店も在るには在るのですが、やはりここは、地元の人達に愛されるお店を探してみたいところです。しかし、これが中中に見つかりません。漁村に住む人達は外では魚を食べない、と昨日再確認したばかりでしたのですが、すっかり忘れている鳥頭っぷりです。

彷徨い歩くこと30分。ようやく喰い処だか味処だか、食堂なのか居酒屋なのか、よく解らない佇まいのお店を見つけて暖簾を潜りました。

カツ丼だとか焼肉定食だとか、いわゆる町の食堂屋さん的メニューが並ぶ中から、海鮮丼を選びました。

この後の予定を確認し終え、手持ち無沙汰であったボクは、カウンター越しに調理の様子を眺めておりました。
酢飯が盛られ、刻み海苔が散らされます。それから冷凍庫から取り出された輸入もんの甘エビを流水で解凍しつつ、サーモン、ハマチ、と発泡トレイから刺身が並べられていきます。鮪中落ち、鰹タタキ、イカ刺、と更に盛りつけられていきました。それに玉子、カニかま、カマボコ、キュウリ、昆布佃煮も載って、取り敢えず有るもん並べてみました的な海鮮丼の出来上がりです。

もちろん、ここ佐渡に於いては、スーパーマーケットで売っている刺身ですら、関西の一般的な居酒屋なんかよりよっぽど美味かったりもするのですが、そんなこんなの製造過程を見せられてしまうと、何ともはや興ざめです。
これならむしろ小木家さんで、町おこし的に創ってみましたな"佐渡天然ブリカツ丼"や、観光客向けにアピールしすぎな"南蛮えびカレー"なんてもんを選んでみた方が、よっぽどネタ的にも面白かったのかも知れません。

というわけで、早早に店を後にし、小木家さん1階おみやげ市場にてエチゴビールを2本買い込み堪能したのです。

エールおいしいよエール。

喰い処 まつはま
住所:新潟県佐渡市小木町1940-32 海鮮マップ
電話:0259-86-2851
cp4 mf3 re4

2010年10月1日金曜日

東光山清水寺

医王山佐渡国分寺(真言宗醍醐派)、阿仏坊妙宣寺(日蓮宗)、北豊山長谷寺(真言宗豊山派)と巡った後、東光山清水寺を訪れた。これらの寺院は皆、小佐渡山脈の麓に位置しており、多少の坂道は覚悟しておかなければならない。中でも長谷寺への上りは意外と長く、そこを下りた後に再び清水寺へと上り返さなければならない事を考えながら走る広域農道での道程は、それこそ憂鬱でしかなかった。それでも新穂から大野川ダムへと向かう道を、塚原山根本寺へと向けて下るのではなく清水寺を目指したのは、少しでも上る距離を減らしておきたいといった単純な理由からであった。
緩い上り道は、そのまま勾配を急にするでもなくだらだらと続いていく。やがて密な木立に囲まれ始め、いよいよ山に差し掛かるのかと思わせた矢先に小さな山門を見掛ける。まさかこんなに近くはないよな、と通り過ぎざまに目を遣ると、果たしてそれこそが清水寺であった。

"大同3(808)年、賢応法師が京都からの布教の折、京都の清水寺を模して建立したといわれる寺。本尊は千手観世音菩薩で、併せて延命善哉寿老尊天を福寿の神として祀る。救世殿はまさに「清水の舞台」を彷彿とさせる。"
門前の看板には、そう説明書きがある。

二王門を潜ると、樹齢約400年と言われる杉並木に囲まれた石段が荘厳な気配を湛えて続いていた。その参道を上り中門を抜けると、いきなり大きく開けた平場と、その正面に取って付けたような舞台を構えた救世殿が姿を現す。その平場一面に敷き詰められた人工的な芝の青さと、変にパースがかった堂宇の佇まいが、ジオラマの中に迷い込んでしまったような妙な違和感を醸し出していた。

その原因は救世殿を横から眺めてみるとよく解る。その極端に切り立った屋根勾配は、豪雪地帯だから、と云った理由も確かにあるのだろう。しかし、明らかにバランスが悪く舞台側に寄せられた妻壁。そして通常、懸造とは、高低差のある斜面地などに束柱を立てて貫で縫い設えた舞台へと庇を葺下ろして礼堂を設けるものだが、その舞台など無視したかのように本堂へと深く礼堂を食い込ませた間取りの取り方。それらの造りは全て、あくまでも中門、至っては二王門より見上げた場合どの様に見えるか、を想定したものであろう。見上げているのに、正面から見たかのようにバランスの取れたファサード。それこそが模型を眺めているような違和感の原因だったのだ。

"舞台から望んだ前方にアケボノの木と言う木の根元に黄金が埋めてあると言う伝説がある"そうだ。そしてこのラインの先には、百枚間歩と黄金沢間歩が位置する。
"天文11(1542)新穂銀山、稼ぎ始めという"と歴史にあるように、この地で銀鉱脈が発見されたのはこれに近い年代であろう。もちろん"舞台から望んだ前方にアケボノの木と言う木の根元に黄金が埋めてある"なんて伝説を頼りに掘ってみたら銀が出てきました、なんて事は有り得ない。そこに銀が出たからこそ、この地に、この配置で一宇を建立したわけである。そして、この伝説が出来たわけである。

観音堂の建立は元和八年(1622)であるからして、清水寺がこの地に建立されたのも、おそらくこの頃であろう。
新穂銀山の山主達は、この清水寺に、ではなく、塚原山根本寺(日蓮宗)へと寄進していたことから考えると、その当時はさほど当寺を重要視していなかったのかも知れない。もしくは、この地に存在さえしていなかったのかも知れない。
そもそも清水寺という法名は、境内より清い水が湧きだしているか、清い水の滝が流れている事により名づけられているのが基本則。しかし、この東光山清水寺には、そう言ったものは見当たらない。元は清水の湧く地にあった清水寺をこの地に移したからなのか?それとも、京都の清水の舞台を模して建立したから清水寺なのか?そのどちらだとしても"大同3(808)年、賢応法師が京都からの布教の折、京都の清水寺を模して建立した"というのは偽伝であろう。

救世殿前の切土平場的な空間は、露天掘された試掘跡なのかも知れない。この地では鉱脈は見付からなかったが、近くに良質な銀鉱脈が見付かった。それなら安全祈願に観音様を祀ろう。丁度よく平場があるから彼処に造ろうではないか。
うーむ、観音堂から新穂銀山へと視線が通らないぞ。それならいっそのこと舞台を造ってしまおう。いやあ、京の清水さんみたいではないか。参道には杉を植えないか。薄暗い参道を通って中門を潜り抜けると救世殿が眼前に拡がるなんてドラマティックなんじゃない?それじゃあ、中門とこから見てかっこいいようにしよう。屋根は入母屋にして妻壁を思いっきり前に寄せる。そしてばーんと見付をとれば立派だぞ。

大体こんな感じ。全部ボクの妄想やけど。

東光山清水寺(とうこうざんせいすいじ)
所在地:新潟県佐渡市新穂大野124-1 仏閣マップ
電話:0259-22-2167
宗派:真言宗豊山派
本尊:千手観世音菩薩
開基:賢応法師
創建:大同3(808)

札所:
佐渡八十八ヶ所 第58番
佐渡四国八十八ヶ所 第74番(四国讃岐国甲山寺)
佐渡七福神古寺巡礼 善哉寿老人

------------- おもいがき -------------

庫裏と方丈は2010年8月現在、改修工事中。